「美しい」とどう向き合う?  ~図形を愛でる補助線としてのエッシャー作品~

令和工藝では、少し先の未来にいち早くアクセスした(かもしれない)人達との交流を大切にしています。その人の目には、どんなステキな世界が映っているのでしょうか。インタビューを通して、まだ見ぬ世界の一端に触れられたらと思っています。

「美しい」は便利な言葉です。あらゆるモノやコトを一言に集約することができる、魔法の単語。ただ「美しい」と言い合えば、瞬時に感動の全てを共有できた気さえします。しかしこの「気がする」が曲者です。文部科学省の学習指導要領の中にも度々出現する「美しい」に教育現場は悩まされることもあるでしょう。そこで、2022年2月発売予定の書籍『M.C.エッシャーと楽しむ算数・数学パズル』を著された数学者の荒木義明さんにお話をうかがいました。

荒木義明さん<プロフィール>
荒木義明(あらき よしあき)
1973年生まれ。 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修了。 博士(政策・メディア)。専門は敷きつめ模様(テセレーション)の数理。 1998 年に日本テセレーションデザイン協会を設立し、国内外の教育機関と連携し敷きつめ模様に関する展示、ワークショップを企画運営。 2003年〜2006年東京大学数理学研究科客員助教授。著書に『M.C.エッシャーと楽しむ算数・数学パズル』(明治図書)。ミラクル エッシャー展 スーパーバイザー。ニュートン別冊 図形編 エッシャー記事監修/ 映画「エッシャー 視覚の魔術師」広報翻訳協力。プラネタリウム「エッシャー ユニバース」広報翻訳協力 他

インタビュアー:富山佳奈利/写真提供:荒木義明

目次
『M.C.エッシャーと楽しむ算数・数学パズル』ってどんな本?
   ・算数の授業で「美しい」を扱う時代
   ・ワークショップでみつけた「面白がり方」
荒木さんとエッシャー
   ・エッシャー愛が止まらない
   ・ところで「テセレーション」って?
「!!」のシッポを捉まえる
   ・エッシャーは五・七・五?
   ・もっとエッシャーを楽しみたいあなたへ
告知

『M.C.エッシャーと楽しむ算数・数学パズル』ってどんな本?

『M.C.エッシャーと楽しむ算数・数学パズル』書影―― 新刊完成おめでとうございます!特典付き予約に早速申し込みました。届く日が待ち遠しいです。

荒木:ありがとうございます。これまで科学雑誌や教育雑誌、ウェブ媒体などで執筆や監修はありましたが、今回は初めての単著となりました。
特設サイト (escher.base.shop) から予約できる特典付きサイン本の発送までしばしお待ちください。

―― 明治図書の雑誌『数学教育』で連載コーナーをお持ちですが、この本も学校の先生へ向けた書籍ですか?

荒木:雑誌連載の対象読者は中学校の先生ですが、今回の本では、敷きつめ模様(テセレーション)を楽しみたい多くの方に手に取っていただきたいです。

もちろん、雑誌連載の読者でもある先生方に授業の中で活用していただきやすいように、算数・数学の教科単元にあわせた内容となっています。

―― 数学の単元というとピタゴラスの定理もでてきますか?

荒木:はい、中学3年生の単元の三平方の定理ですね。この本では他にも垂直平行や、平行四辺形の性質、相似、合同など小中学校の図形単元を盛り込んでいます。

―― 今回の本には図版が満載とのこと、いわゆる学習参考書ではなさそうですね

荒木:はい、単元の学習用だけでなく、STEAM教育など教科の枠を越えた学びや、この春 (2022年度)から高等学校で始まる「理数探究」の題材としても使っていただけたらと考えています。

―― 算数・数学以外で想定しているのはどんな教科ですか?

荒木:図画工作や美術です。タイトルにもあるように、オランダの版画家M.C.エッシャーが敷きつめ模様に見出した算数・数学の話が、この本のベースとなっています。

―― 本書は初めから順に読んだ方がいいですか?算数・数学は積み重ねの教科というイメージがあります。

荒木:安心してください。本書は次のような2章構成になっていて、どの節からでも読み始められます。

第1章ではM.C.エッシャーの視点で「敷きつめ模様」に対する初期の探究を書き下ろしたものです。いわゆる「だまし絵」の奇才として知られるエッシャーの意外な側面を見つけていただけたらと思います。

第2章は図版をふんだんに使ったワークシート形式になっています。敷きつめ模様をじっくり観察し手を動かしながら、パズルや問題にチャレンジして欲しいです。

算数の授業で「美しい」を扱う時代

荒木:文部科学省のサイトからpdfを開いて「美」というキーワードで検索してみてください。どの教科で「美」が登場するかわかりますか?

―― 学習指導要領ってインターネットで公開されているんですね。「美」というキーワードは、音楽や美術といった芸術系の科目には当然ありそうですね。国語も美しい言語表現、文学作品が取り上げられるのかな、と。

荒木:正解です。でも、もう一つ答えがあるんです。
平成29年告示の学習指導要領で「美」が追加されたこの教科には、きっと驚かれると思います。

―― もしかして算数ですか?

荒木:正解です。算数科の小学3年の箇所に次のように記載されています。

⑹ 内容の「B図形」の⑴の基本的な図形については,定規,コンパスなどを用いて,図形をかいたり確かめたりする活動を重視するとともに,三角形や円などを基にして模様をかくなどの具体的な活動を通して,図形のもつ美しさに関心をもたせるよう配慮するものとする。(出典:文部科学省 小学校学習指導要領(平成29年告示))

―― 「三角形や円などを基にして模様をかく」は、まさに「敷きつめ模様」や「エッシャー」の出番ですね。

荒木:はい、昨年度(2020年度)から使われている新しい教科書では、エッシャーの作品など敷きつめ模様の掲載が増えました。

ただエッシャーの作品を鑑賞するのは、図形の持つ美しさへの入り口にすぎません。
学習指導要領にある「具体的な活動」の題材を提供することこそが、本書の役割なのです。

ワークショップでみつけた「面白がり方」

―― 荒木さんといえば、日本テセレーションデザイン協会の活動として様々なワークショップで講師をなさっていますよね。私も何度かオンラインでの講座に参加しました。2色の三角ピースを並べて模様を作るものでした。参加者それぞれで自分の作品を作っているのに、不思議な一体感と高揚感を覚えた時間でした。

荒木:ありがとうございます。「T3パズル」のワークショップですね。

「T3パズル」のワークショップの様子

T3パズルは、敷きつめ模様を作る面白さを極限までシンプルにして、多くのかたが体験しやすいようにしたものです。取り扱うピースはすべて同じで、参加者ができるのは、並べるだけなのですが、ワークショップの度に本当に毎回新しい作品と出会えます。作品の中に作り手それぞれの個性が溢れ出てくるのを肌で感じています。

―― 参加者に対する荒木さんからの声がけが絶妙ですね。作品のタイトルをいい当てた場面がとても印象的でした。

荒木:さすがに作品のタイトルを当てるのは、よほど確信がある場合だけです。親子で参加された親御さん方からは「うちの子が熱心に不思議なものを作っていて内心不安でした。先生が言い当てたようなことを考えていたなんて、気が付きませんでした!」と、よく驚かれます。

このワークショップでは、いかに一緒に面白がれるかが肝になります。出来上がった作品だけを見て評価するだけでは本質に辿り着くことができません。

その人がどんな順番で並べたのか、その地域はどんなところか、今日の天候や時事ニュースなど、小さな観察の積み重ねをヒントにして、作品に込められた「見立て」のイメージを捉まえるんです。

荒木さんとエッシャー

エッシャー愛が止まらない

―― 本書のテーマとなっている「エッシャー」ですが、出会いはいつ頃ですか?

荒木:高校3年生の時に手に取った「ゲーデル、エッシャー、バッハあるいは不思議の輪」(ダグラス・ホフスタッター, 1979)という分厚い本の中で、エッシャー作品が多数紹介されていました。高度な数学の要素と美しいデザインの結晶にすっかり魅了されてしまいました。それ以来ずっとです。

―― 執筆に当たってエッシャーについていろいろ調査をなさったとのことですか、例えばどのようなことをされたのですか?

荒木:エッシャーの敷きつめ模様の全作品と多くの関連資料を収録した「M.C.Escher: Visions of Symmetry」(ドリス・シャットシュナイダー,2004)を軸に、ドキュメンタリー映画の記録やウェブサイトをもとに調査しています。

エッシャーの作品だけを眺めていても、本質に辿り着くことはできません。エッシャーがどんな順番で作品を制作したか、その地域はどんなところか、時代背景はどうだったかなど、事実を積み重ねて、エッシャーの探究自体を捉まえるんです。

―― T3パズルの面白がり方と一緒ですね

荒木:はい。
特に今回初めて取り組んだチャレンジは、エッシャーと同じ条件で新しい敷きつめ模様の描き起こしたことです。同じ模様の対称性を使い同じ動物のモチーフでの描くことで、エッシャーの同じ驚きや悩みを感じることができた気がします。

―― そこまで条件をあわせて描くと、同じような模様になりませんでしたか?

荒木:それが逆なんです。もう30年以上も敷きつめ模様を描いていますが、実は私も同じ模様になるんじゃないかと恐れて避けてきました。

ところが、実際にやってみるとその結果に驚きました。全く新しい敷きつめ模様や、一見似ていても本質的に違う模様をみつけることができたんです。

詳しくは本書に譲るとして、それはとても新鮮な驚きに溢れた時間でした。なにより、新しいインスピレーションをもたらしてくれました。

ところで「テセレーション」って?

―― エッシャー愛に満ちたお言葉に、だんだん私も敷きつめ模様を描いてみたくなりました。ところで、本書では『敷きつめ模様(テセレーション)』と表記されていますが、この「テセレーション」とは、つまり何なのでしょう?

荒木:「テセレーション」の語源は四角(テセレ)を移動(レーション)するということなんですが、何枚も四角をずらし置くと、敷きつまりますよね。こういった単純で素朴なことを繰り返すことで起こる現象のことを総じて「テセレーション」と呼んでいます。

日本語では、平面充填や空間分割などとも呼ぶこともありますが、本書では、「敷きつめ模様」を使っています。

―― 敷きつめるのは平面だけですか?

荒木:本書では、エッシャーが取り組んだ平面での規則正しいテセレーションを中心にしています。ただし、敷きめる場所は平面である必要はなく、曲面でも空間でもOKです。

また、ピースの並びも規則正しくある必要もありません。
エッシャーの延長として不規則な並びや、昨年 (2021年)に 発見された新しい模様も掲載しています。
テセレーションの多様な広がりを実感していただきたいです。

「!!」のシッポを捉まえる

エッシャーは五・七・五?

―― ところで、個人的な感想で恐縮なのですが、2018年に開催されたエッシャー展を拝見しまして「エッシャー(のテセレーション)って、まるで俳句だ」と感じました。

荒木:俳句という例えはおもしろいですね。「素材としての日本語を活かして、日本の風情を十七音でピッタリあてはめるもの」を仮に「俳句」だとすると、「素材としての幾何学を活かして、生命の躍動を平面にピッタリあてはめるものがテセレーション」というのはどうですかね。

―― ピッタリきました!
俳句もテセレーションも、素材の制約を存分に活かした表現を目指す「メディアアート」なんですね!

 

もっとエッシャーを楽しみたいあなたへ

―― エッシャーのようにテセレーションを上手に描くコツなどお聞きしたいのですが。

図形の中に動物の姿が!

荒木:テセレーションを描くコツは、「形」を愛でることです。「形」をじっくり観察して、手を動かしながら、愛でてください。すると、ひょっこり動物が顔を出してきます。すかさずその尻尾をつかまえるんです。

―― 上手く描かなきゃいけない、と思う必要はないのですね。

荒木:はい、「美しい」なにかを直接的に描こうとしても、描けるものではありません。
それは向こうからやってきます。2度と会えないかもしれませんから、見つけた時が描くチャンスです!

―― 「美しい」は見つけ出されるのを待っているのかもしれませんね。本書を補助線に、エッシャーや荒木さんの探究をたどって、私も俳句を詠むようにテセレーションを描いてみたいと思います。

荒木:本日はありがとうございました。

<告知>
・特典付きサイン本販売サイト  https://escher.base.shop
・特設ページ  https://www.tessellation.jp/escher
・荒木さんのSNSのアカウント  https://twitter.com/alytile

<補足>
T3パズル(ティースリーパズル)は表裏で柄の異なる正三角形の単一ピースをたくさん敷きつめて模様を描くパズルです。 2014年にテセレーション協会で開発して以来、全国で様々な展示や対面・オンラインでのワークショップ、コンテストなどを実施しています。https://www.t3puzzle.com

(公開日:2022/01/26)

オンリーワンを創り出す! 特注ロボット・エンジニアの秘密道具とは

令和工藝では、少し先の未来にいち早くアクセスした(かもしれない)人達との交流を大切にしています。その人の目には、どんなステキな世界が映っているのでしょうか。インタビューを通して、まだ見ぬ世界の一端に触れられたらと思っています。

第1話目は、弊社CEO/COOの島谷直志(しまや ただし)に直撃インタビューです。テレビや街角で目にしたあのロボットも、そのロボットも、島谷がこの世に召喚した一台の子孫…かもしれません。

目次
私の頭の中の3D CAD
机回りの不審物
魔導書? いいえ、ケフィアではなく、パーツの見本です

私の頭の中の3D CAD

特注ロボット製作者 島谷直志(しまや ただし)の横顔

―― こんにちは!そのデスクで新しいロボットが設計されているのですね!

島谷:おぉっと、画面は写さないでくださいね。

―― 先ほどから覗いておりましたが、操作が早いというか、迷いが無いといいますか、スラスラと作業されていましたね。

島谷:形としてはパソコンと画面で、手にはマウスを持っていますが、要するに「紙とペン」なので。長く使って慣れているのもありますが、一番便利な紙とペンが3D CADかな。

でも、実際に3D CADで描く段階で設計の大半は終わっていて、確認の作業に近いので。3D CADは便利な具現化ツールですね。設計師以外の人とイメージを簡単に共有できるのも利点かな。

図面は第2の世界共通言語なので、翻訳機なのかもしれません。同時に設計者の想像力の精度を上げてくれます。なので、3D CADは頭の中で構成した三次元の物体を「手っ取り早く頭の外に出す」手段として、今のところ一番適している道具だと思います。

―― 頭の中の3D映像は、どのように作り上げていくのですか?

島谷:大きさや形と同時に、質量や応力、材質を想像しています。「こんな外観のロボットをこういう風に動かしたいなぁ」や、「持ち運んで使うから電源は電池かな…」など、同時進行で組み立てます。

頭の中で、3Dのキャラクターが動くゲームの設定画面を思い出してみてください。キャラクターの姿や装備を自由に入れ替えて、頭のてっぺんから見たり、右に回転、左に回転させながらスタイルをチェックしたり、すると思うんですよね。そこに、慣性や振動、加速度のようなリアルな環境や、運用時の組み立てや人間が触るなどの外力(外乱)も想像します。ここがゲームプログラムやシミュレーターと似ている感じがします。さらにコスト、納期まで考えるので、特注ロボット設計師はちょっとマゾ的ですね。

―― CADの画面と同じことを、1瞬の遅れもなく頭の中で想像する感じでしょうか。

島谷:私の場合はメカニカルな部分が変に干渉することが無いよう、内側からの様子や動作中の様子も想像しています。

「あー、この部品形状だと2か所の首動作組み合わせたら頭が上に向いたときに0.1ミリはみ出しちゃうから、構造や構成を変更しよう。でもやばいな、コストがかかりそう」とか。

想像の精度が悪いと、3メートル級のロボット設計で、0.5ミリのスペースに泣くことが多い。”設計あるある”ですね。

―― ちょっと何をおっしゃっているのか分からないのですが(汗
そういうことは、一般の人、例えば私のような者には真似どころか想像もできない世界です。敗北感すら湧きません。

島谷:経験値というにはそれだけではないですが、とにかく想像力の修練は、あらゆる事象や予測の再現にとても適したスキルと思います。子供の頃、使いかけの消しゴムを怪獣に見立てて、ずーっと戦闘場面を想像するとか、大きな三角定規を宇宙船に見立てたりしていました。そういうエピソードは時々聞いたことがあるでしょう?ものづくり系の人と話をすると、割と出てくる思い出です。

想像か、妄想か、とにかく頭の中で形や動きを組み立てては眺め、動かすことを繰り返してきました。その積み重ねが私の頭の中で3D CADのような機能になったわけです。この特技が、私が特注ロボットを設計する際に強みとなりました。3次元的な視覚認識と想像精度が周りより高かった気はします。

机回りの不審物

制作中のメカ―― 人間そっくりのアンドロイドや巨大な恐竜、ぬいぐるみロボットの他、さまざまなロボットをゼロから設計して作ってこられたと伺っています。きっと、メカや生き物に関する資料が大量にあるのではないかと期待して来たのですが、見当たりませんね。

島谷:これは現在会社に持ってきてないだけで、以前の会社に資料はけっこうありました。

その都度「設計対象」のいっちょかみ専門家になる必要があったので。私の過去の職は、そういった学術的にもリアルにする必要がありましたから。

―― いっちょかみ専門家?

島谷:その業務中に設計対象の最新の正しい認識と知識を叩き込むんです。その情報を全スタッフと共有してロボットを作ります。外観と中身は全く別の論理で作りますが、表現するという目的においては共同作業になります。互いの技術のすり合わせ、ここが一番重要です。そのうえで人の目に触れる外側の見た目と動作(モーション)が一番いいバランスで再現できるメカを入れ込みます。ここが腕の見せ所。主に外側は造形師が、中は私のようなメカの技術者が分担することが多いですね。

もちろん外装だけでなく、動作、音、光、設置場所、などあらゆるファクターを知っていないとメカ設計はできません。それだけに出荷後のロボットの運用面もイメージして設計します。

余談ですが、前職は、案件のプロデューサーのように工程管理や仕様設定もしていました。そういった上流工程ですので、自分のミスは下流工程に多大な迷惑をかけてしまうので、責任の重圧が半端なかったです。

だから、私は前例のないモノづくりばかり行う特注メカ設計は「決断する仕事」と考えていて、責任のリスクを全部かぶってでも自信をもって判断できる「胆力」も必須条件と思っています。

そこで、その判断の根拠とするため、本や雑誌といった資料と同じかそれ以上、こちらの資料も私にとっては重要になります。

道具箱には大量のパーツが―― ロボットの材料ですか?

島谷:さまざまな素材のパーツです。といっても、これらの部品を使ってロボットを組み立てる訳ではありません。これらは、素材や重さ、硬さ、厚さなどの基準として脳内に取り込んでいる情報の元となっているものです。

例えば、
アルミの1ミリ(の厚さの板)と鉄の0.2ミリは同じくらいの強度になるのだけど、重さは三乗。なので、ある部品を鉄で作るかアルミで作るか、重さを取るか、強度を取るか?みたいな選択が常について回ります。

さらに、これはただの平らな板の場合。折り曲げて「くの字」や「コの字」型になると、強度が変わってきます。そういった複数の部品形状や素材強度、構造強度にコストを加味したパターンテーブルから最適な組み合わせにしてあげるためには、まず素材についての膨大なデータが必要になります。

CADで描いて、構造計算のツールで強さや重さをシミュレーションして、という方法も勿論ありますが、計算には膨大な時間とコストが必要になります。全てをシミュレーションで選ぶ方法ではビジネスにならないことが多く、勘所をフル活用するために、どれだけ広く深く自分の引き出しを持っているかが肝になります。感覚的な情報を常にするどくキープしないといけません。ちょっと職人っぽい要素が重要になります。

なので、暇を見つけては指先でパーツをなぞり、硬さや重さを思い出すことを習慣にしています。

―― パーツデータのスキャンですか!?

島谷:そう言えるかもしれませんね。

皮膚感覚で素材の特徴や性質を知っておくと、組み上げにかかる時間を短縮することができます。特注で一点物のロボットは、特に納期に余裕がない事が多く、いつも時間が足りません。なので、迷ったり試したり、探したりする時間をいかに削れるかが最終的なクオリティーに影響します。

まさに設計業務における「決断する仕事」の一部といえます。

魔導書? いいえ、ケフィアではなく、パーツの見本です 

島谷:ロボットに限らず、特注で機械モノを作る際に重要な知識があります。何だと思いますか?

―― 図面を引けることだけではない、何かですよね?

島谷:そうですね。

どんなパーツが、どこで手に入れられるか。これを知らないと、たとえ完璧な設計図があっても組み上げることはできません。特注ロボットの設計は大抵ほぼ一人で全ての分野のハードを設計します。そこで、『こういうもの』を置いているのです。

パーツのサンプルが綴じられたファイル  分厚いファイルには小さなバネが

―― サンプル集!

島谷:例えばこれで実物と想像を照らし合わせて、型番で発注をします。特にばね類は、図面上省略されることが多く、実物を触ることで数値以外の情報を得られます。そこで得られたことは勘所として重要になってきます。 

ロボット製作者 島谷直志他にも、ケーブルの取り回しやコネクタの挿しやすさ、メンテナンスのしやすさなどなど、複数の観点から一気に考えてまとめ上げる。知っている部品の種類は多い方が、より望ましい結果に辿り着く近道だと思います。さらに欲をいえばどこで、いくらくらいで買えるかを知っていることも、仕事の速さであり、クオリティーだと考えます。

―― 最後に、ひときわ目を引く黄色いコについて教えてください。

島谷:この黄色いロボットはキーポン(Keepon)といいます。現在東北大学に在籍されている小嶋秀樹先生の研究で使うロボットとして開発され、その後一般販売も行われました。愛らしい姿とコミカルな動作で、幅広い年代のかたに可愛がっていただきました。

キーポン私はメカの設計段階から携わり、現在も可愛がっている1台です。

キーポンには研究室での実験で使うために作られたものと、量産化して一般販売されたモデルの2タイプが存在します。それぞれ、動作の要求やかけられる金額、丈夫さの条件に合わせて設計されています。もちろん、微妙に異なる部品が使われています。それらの使い分けや見極めも腕の見せ所ですね。

これからも、見た人が思わず笑顔になるようなロボット達を作っていきたいと思います。

(公開日:2022/01/26)

先頭に戻る
テキストのコピーはできません。